2011年9月26日月曜日

「ちゃんと」話してますか?

「ちゃんとしなさい」「ちゃんと書きなさい」「ちゃんと寝なさい」…日頃ついつい口にしてしまう「ちゃんと」について,ちゃんと考えてみました。


★以下 平成23年7月8日学級だより「すきやき」より★


昔,1年生の担任をしていたころ,ひとりの子どもが聞きにきました。

「先生,『ちゃんと』ってなあに?」

一瞬,何を聞かれているのか戸惑ったのですが,詳しく聞いてみると「ちゃんと書きなさい」の「ちゃんと」のことだそうで,「ああ,それはね…」と説明をしました。

普段何気なく使っている言葉でも,意味が伝わっているかどうか確かめなくてはならないな,と改めて考えさせられたのを今でも覚えています。

大人同士であれば「ちゃんと書きなさい」が本当は「お手本と同じ形になるように書きなさい」なのか「鉛筆をゆっくり動かして書きなさい」なのか,あるいは「テレビを見ながらではなく,集中して書きなさい」なのか,状況によって聞き手が判断することができます。これは「察する(≒空気を読む)」ことを得意とする日本語ならではの特徴ですが,実はかなり高度な判断力を必要とするのではないかと思います。

考えてみると,「ちゃんと書きなさい」のほかにも,「ちゃんと食べなさい」「ちゃんと読みなさい」「ちゃんと話しなさい」など,私たちは毎日たくさんの「ちゃんと」を使っています。また,よく似た言葉に「しっかり」というのもあります。「しっかり噛みなさい」「しっかり聞きなさい」「しっかり見なさい」「しっかり声を出しなさい」など,こちらも身に覚えのある言葉ばかりです。さらには,「ちゃんとしなさい」「しっかりしなさい」なんて言い方もあり,こうなるともう言葉だけでは何がなんだかわかりません。

気をつけなくてはいけないのは,このような言葉は話し手にとってとても使いやすい言葉だということです。たとえば忘れ物をした子どもはよく「次は忘れないようにちゃんと予定表を見ます」と言います。なんだか立派に聞こえますが,「昨日は予定表を見てなかったの?」と尋ねると「見ました。でも今日はもっとちゃんと見ます」と言います。そこで「もっとちゃんと見る,ってどうやるの?」とさらに尋ねると,ほとんどの人は困ってしまいます。

たとえば「持ち物の欄を声に出して読む」とか「持ち物を赤鉛筆で囲んでおく」とか,具体的にはいくつかの「ちゃんと見る」方法があります。しかし,忘れ物をした子どもが「次は忘れないようにちゃんと予定表を見ます」と言ったときに,いったいどんな方法を頭に思い浮かべているのでしょう。「ちゃんと」には,そういう具体的な行動を考えなくても,なんだかうまく言えたような気にさせてしまう力があります。本人はそう思っていなくても,「ちゃんと」や「しっかり」で上手にごまかしてしまうことができるのです。

だからこそ,私たち大人が子どもに話すときは,「ちゃんと書きなさい」の簡単さに甘えてはいけないと思います。「ちゃんと書く」とは具体的にはどういうことなのか,「ちゃんと食べなさい」や「ちゃんと読みなさい」「ちゃんと話しなさい」とは具体的にどうすればいいのか,そういうことを私たち大人が“ちゃんと”説明できないといかんなあ,と毎日考えているところです。


★補足★


普段,「ちゃんと」という言葉の簡単さに逃げてしまっているのは,もちろん私自身です。自戒の意味を込めて,こんな文を学級だよりに載せたのですが,改めて読んでみると,「私も気をつけるから,家の人も言葉に気をつけてね」と言っているみたいにも読めますね。
これを読んだ家の人が,「なるほどなあ」と感じてくれるのはもちろん嬉しいのですが,そうじゃなかったとしたらどんな風に感じるのか,ぜひ聞いてみたいです。ご感想をお寄せください。




ブログランキングに参加しています。「オモシロイ!」と思った方は,拍手代わりにポチッとお願いします。
にほんブログ村 教育ブログ 小学校教育へ

2 件のコメント:

  1. 最近読み始めました。初めて投稿します。

    「ちゃんと」「きちんと」「しっかり」
    私は発達障がい児と言われる、またはその周辺の子どもたちと関わる活動をしているので、この「ちゃんと」では伝わらない難しさを日頃から感じます。

    おっと、今、「難しさ」と書きましたが、難しいと捉えているのは私の方で、関わられる子どもたちにすればこの「ちゃんと」の言葉の方が何より難しいんですよね。そう考えると、僕が関わる子どもたちの思考の方が「正しい」のであり、素直だなぁと感心したりもします。

    ありがとうございました。

    返信削除
  2. ackintoshさま
    投稿ありがとうございます。

    「ちゃんと」では伝わらない難しさですか。相手が自分と同じように「ちゃんと」の感覚を理解していると思っていると,そういうことを見落としてしまいがちですね。

    相手が自分と同じように「ちゃんと」の感覚を理解しているかどうか,というのは,つまるところ「ちゃんと○○できている状態」が共有できているかどうかだと思います。
    そういう意味では,大人同士であっても「ちゃんと」が正確に伝わっている状態というのは,あまりないのかも知れません。

    「ちゃんと私のこと見て!」
    なんて,いい例ですよね。

    返信削除